日野町事件大津地裁再審開始決定 要旨

再審文献リスト

大津地方裁判所決定2018.7.11  判例時報2389号38頁

1 決定主文

本件について再審を開始する。

2 理由の要旨

 一審判決,控訴審判決の各証拠構造

一審判決は,阪原さんの自白につき任意性を認めたものの,他の証拠と矛盾し,不自然な疑問が多数ある自白は信用できないとした。しかし,阪原さんにつき,本件当夜,犯行の機会があったこと,被害者方を物色した痕跡があること(丸鏡の指紋),金庫発見場所及び死体発見場所を知っていたこと,被害者の葬儀等への不参加(犯人であるため参加しなかった),アリバイ主張の虚偽性という間接事実が認められ,これらを総合考慮すれば,阪原さんが犯人であると推認できるとした。

これに対し,控訴審判決は,阪原さんの自白につき任意性を認め,かつ,その基本的根幹部分は十分信用できるとした。その上で,丸鏡からの指紋検出,本件当夜,被害者方近くの交差点で阪原さんが目撃されたこと,被害者方の向かいに住む者が本件当夜,宗教関係の発言をする被害者の声を聞いており,阪原さんが宗教を信仰していたこと,被害者の手首の結束方法が精肉店で用いられるもので,阪原さんが精肉店勤務歴があることという間接事実を認め,アリバイ主張の虚偽性も肯定した。そして,間接事実だけでは阪原さんの犯人性を認定できないものの,自白,間接事実及び前記アリバイ主張の虚偽性を総合すれば,阪原さんを犯人と認定できるとした。

 当裁判所の判断

【金庫の強取】(自白の信用性と間接事実の双方に関する事項)

 新証拠(金庫の損傷に関する専門家の意見書等)を踏まえると,金庫の凹損の形成過程に関する阪原さんの自白は,客観的事実に整合しない疑いがある。また,新証拠(工事道からの金庫投棄実験の報告書等)を踏まえると,犯人は別の場所で金庫を開けた後,工事道から投げ下ろしたと推認でき,これは自白の内容と異なる。さらに,金庫発見場所まで阪原さんが案内した引当捜査において,復路に写真撮影がされ,これが往路で撮影した写真として引当調書が作成されたことを示すネガの分析報告書,金庫関係の引当捜査担当警察官の当審における証言等の新証拠を踏まえると,警察官により,引当捜査当時に直截的な誘導はなされなかったものの,阪原さんが正解である金庫発見場所にたどり着けることを強く期待していた警察官が,鉄塔等があることを示唆する意図的な断片情報の提供を行い,また,警察官と,自白を維持し警察と協調する阪原との間で,正解到達に向かう無意識的な相互作用(具体的には,警察官が無意識的に行う正解に関する情報の提供,警察官が阪原さんの曖昧な言動の解釈に当たって自己の期待する内容に有利に行う解釈,警察官の以上の作用に対する阪原さんの協調的反応及びこれらの相互作用を指す)を生じさせた結果,金庫発見場所を案内できた可能性が,合理的にみてあると認められる。新証拠(担当検察官の当審における証言)によれば,検察官も引当に同行していたが,警察官に対する監督は徹底されていなかった。阪原さんが誰からも教えられずに金庫発見場所について正しい知識を有していたとする一審判決等の判断は大きく動揺した。

【被害者の死体の遺棄】(自白の信用性と間接事実の双方に関する事項)

 新証拠(引当時のネガの分析報告書,死体関係の引当捜査担当警察官の当審における証言等)を踏まえると,死体発見場所について,阪原さんが事前に報道でおおまかな情報を得ていた可能性,警察官から断片情報の提供を受け,また,警察官と阪原との間で無意識的な正解到達に向かう相互作用を生じさせた結果,阪原さんが死体発見場所を案内できた可能性が,合理的にみてあると認められる。阪原さんが誰からも教えられずに死体発見場所について正しい知識を有していたとする一審判決等の判断は大きく動揺した。また,前記新証拠を踏まえると,阪原さんが,死体発見場所において,犯人ならではと思われる発言(大分に草が伸びて変わっているな,山肌の欠けたこの木に見覚えがあります)をしたという認定も相当に疑わしくなった。

【被害者方の物色(指紋)】(自白の信用性と間接事実の双方に関する事項)

 新証拠(指紋に関する専門家の意見書等)を踏まえると,丸鏡は阪原さんが触れた当時,廃物ではなかったと認められ,被害者方店舗の常連客であった阪原さんの指紋が,本件とは別の機会に付着したものである可能性がある。

【手首の結束方法】(自白の信用性と間接事実の双方に関する事項)

 新証拠(結束実験の報告書,阪原さんによる結束再現時のネガの分析報告書等)を踏まえると,被害者の手首が結束された方法と精肉店で肉を包む際の結束方法等とが類似していない疑いが生じた。のみならず,阪原さんが犯行再現において,被害者の手首に施された結束方法を再現できなかった疑いさえ生じた。

【殺害態様】(自白の信用性に関する事項)

 第一次再審請求において裁判所が選任した鑑定人医師の鑑定書,東京医科大学の吉田謙一医師の鑑定書及び同医師の当審における証言等を始めとする新証拠を踏まえると,犯人の右手は,拇指が右側頸上部を,拇指以外の指が前頸部左側及び左側頸部の範囲を,左手は,拇指が前頸部左側及び左側頸部の範囲を,拇指以外の指が右耳垂前部にある4個の小皮下出血等で構成される「く」の字状の損傷等をそれぞれ圧迫したと認められる。そうすると,阪原さんの自白のうち,左手を頸部の後面に当てていたとする点は,死体の損傷状況と整合しない。阪原さんの左手の位置及びそれに伴う阪原さんの体勢は,本件殺害態様の重要部分であり,当時無我夢中であったという点や,時の経過による記憶の欠落では説明がつかない。

【アリバイ主張の虚偽性】(間接事実に関する事項)

 阪原さんが本件当夜,信仰を同じくする知人方に立ち寄ると,知人の夫ら3名が仕事上がりで酒席を設けており,阪原さんも加わって眠り込んでしまい宿泊したというアリバイ主張について,前記知人からの聴取結果に関する新証拠(対弁護人,対検察官)を踏まえると,その知人は,発問者の属性によって,相手の期待する供述を行っているから,その者の確定審における供述の信用性は大きく動揺した。酒席参加者のうち1名は,確定審段階から,阪原さんが知人方に来ていたことを認める供述をしていたし,残る2名の供述も,相互に信用性を高め合っていた前記知人の供述の信用性が大きく動揺した影響を受け,信用性が動揺した。そうすると,前記知人らの供述を根拠に阪原さんのアリバイ主張が虚偽であると断定した一審判決等の判断は,大きく動揺した。阪原さんが確定審において一貫して主張してきたアリバイ供述が,虚偽ではない疑いが生じた。

【被害者の葬儀等への不参加】(間接事実に関する事項)

 新証拠(日野町内の隣組等に関する報告書)を踏まえると,日野町の当該地区の人口及び世帯数の規模が大きいこと並びに阪原さんと被害者とが別の隣組に所属していたことが認められ,阪原さんが被害者の葬儀等に参加しなかったことは不自然ではない。阪原さんの葬儀等への不参加が,阪原さんの犯人性を推認させる力は減殺された。

【まとめ① 自白の信用性】

 新旧証拠を総合すれば,阪原さんの自白は,①殺害態様の点,②金庫発見場所の知情性を中心とする金庫強取の点,③被害者の死体の遺棄の点,④被害者方における物色の点といういずれも重要な部分において,信用性が大きく動揺した。阪原さんの自白に,事実認定の基礎とし得るほどの信用性を認めることはできない。

【まとめ② 自白の任意性】

 新旧証拠から認められる,阪原さんが多くの重要な点で客観的状況と矛盾する自白をしている点(供述内容に照らすと,阪原さんが自己の刑事責任を軽減するためにそのような供述をしているとはいえない)に加え,阪原さんは自白を継続する捜査段階から,警察官から暴行及び脅迫的言動を受けて自白したと述べていたこと,阪原さんのこの供述を裏付ける弁護人の申入書や妻子の供述があることからすると,阪原さんは,長時間の任意取調べを受ける中で,警察官から,顔を殴打するなどの暴行を受け,また,娘の嫁ぎ先や親戚の所に行ってガタガタにするという趣旨の脅迫的文言を申し向けられた結果,自白をした合理的疑いが生じた。阪原さんの自白は,任意にされたものではない合理的疑いがある。

【まとめ③ 間接事実の検討】

 一審判決又は控訴審判決が認定していた間接事実,すなわち金庫投棄場所及び死体遺棄場所への各引当捜査の点,被害者方の丸鏡に阪原さんの指紋が付着していた点,被害者の手首に巻かれていた紐の結束方法,阪原さんの被害者の葬儀等への不参加,阪原さんが確定審で主張していたアリバイの虚偽性の点について,新旧証拠を総合すれば,間接事実の認定自体が動揺するか,あるいは,阪原さんが犯人であると推認する力が減殺された。新旧全証拠によって認められる間接事実を総合考慮しても,阪原さんが犯人であると推認することはできないし,各間接事実中に阪原さんが犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係は含まれていない(最高裁判所平成22年4月27日第三小法廷判決・刑集64巻3号233頁参照)。

【まとめ④ 結論】

 このように,間接事実から阪原さんの犯人性を推認した一審判決の判断も,間接事実,阪原の自白及びアリバイ主張の虚偽性を合わせて阪原さんの犯人性を認定した控訴審判決の判断も,おおいに疑わしくなった。新証拠が確定審の審理中に提出されていたならば,阪原さんを有罪と認定するには合理的疑いが生じたものと認められ,刑事訴訟法435条6号所定の有罪の言渡しを受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したときに該当する。

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おやっとさぁ。また来っでな。(薩摩弁 お疲れ様、またUPするからね!)

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