刑事再審法は、国際的見地からみても、確実に改正が必要と言える法分野です。
気の遠くなるような長い時間と膨大な労力を費やし、それでも勝利のゴールにたどり着けるのはごくわずかという過酷な闘いの中にある冤罪被害者とその弁護人にとっては、法改正の必要性は言うまでもないことで、「なぜ法改正が実現しないのか」を説明してほしいと思っているのです。
再審法改正が今日まで「成っていない」ことにはいくつかの原因があると考えられます。いわゆる死刑4再審や、足利事件、東京電力女性社員事件、布川事件などで再審無罪が確定した際、おそらく冤罪被害者本人も支援者も、そして弁護団も疲労困憊していたはずで、日常や通常業務を取り戻すだけで手いっぱいとなり、立法運動のうねりまで起こす余力などなかったのです。他方で、検察、警察も、当該捜査担当者の個人的ミスや見通しの誤りへと問題を矮小化してしまい、形だけで、検証報告書を作成する程度で(村木厚子さんの事件や、志布志事件及び氷見事件では検証がされました。しかし当者の犯罪行為(証拠改ざん)や、地方の小さい支部の担当検事の未熟さ等にすり替えられてしまったのです)、お茶を濁してしまいました。制度には問題がないとして、冤罪を風化させたのです。
しかし、私は、学界にも大きな問題があると考えています。
刑事訴訟法学者によって、刑事再審はややニッチな分野になります。最近の動きを見ていても、再審に関与する学者さんのスタンスは3つに分けられると見ています。
最初のグループは、法務検察寄りの、「裁判官、検察官が個々の事件で適切に職務を行っているなら、法改正の必要はない」という御用学者系の先生方です。他方で、しっかりとした、個別事件の聞き取り調査や、法改正も念頭に置いた素晴らしい研究をされている先生もおられます。立命館大学の松宮孝明先生、龍谷大学の斎藤司先生が代表でしょう。本当に素晴らしい論稿を世に出しておられます。きちんと、法改正の必要性にも言及されています。
そして、最後に3番目に類型ですが、白鳥財田川決定パラダイスと言い張るだけの学者さんたちです。この3番目の類型の学者グループは、1番目の御用学者グループと同程度にたちが悪いと思います。
確かに、白鳥財田川決定は、刑事再審の歴史に大きな足跡を残しました。そのことを否定できる学者さんも実務家もいないでしょう。しかし、実際には、これらの判例法理を骨抜きにするような最高裁判所調査官解説により、極めて限定的にしかこの法理が通用しない状態にされてしまいました。(調査官解説については、一度このブログでも整理したいと考えていますので、しばらくお待ちください)
白鳥財田川決定がパラダイスで、その後の判例が全面再評価説で説明できると言っている関口和徳愛媛大学准教授が典型ですが、このような立論の論文を読む実務家はわが国に1人もいないでしょう。「空理空論」というしかありません(しかも、大崎事件については、冤罪ではない、旧証拠が強固と言明している点も良識を疑います。果たして記録を検討したのでしょうか?確定審の旧証拠のどこが強固なのでしょうか?説明する責任があると思います。私の見たところでは、白鳥財田川パラダイスで、その後もこの判例法理が生きているから、再審請求が棄却された事件は冤罪ではないという後付けの理由としか思えませんでした)。
もちろん、法務省や最高裁判所事務総局は、このような文章にも目を通しているでしょう。このような論文は、むしろ再審法改正を阻み、最高裁や法務検察の態度を硬化させる意味しか持ちません。
白鳥財田川決定がパラダイスと言い張っているだけで救済される冤罪被害者は1人もいないと思います。どの弁護団も、血と涙を流しながら、事実や主張を構築し、証拠を整理しています。本当に、各弁護団の努力には頭が下がります。
しかも、前述の3番目のグループは、一見すれば、再審法について進歩的な装いもまとっているため、誤解を与えるという意味で一層危険です。白鳥財田川マンセーで押し切り、実務で裁判所が採用していることが明らかな二段階説を批判し、実務が白取財田川の判例法理を適用しているというのでは、法律にも実務にも問題がないことになってしまう上に、実務家にとって到底乗れない強弁に過ぎず、有害でしかありません。
大崎事件の現場跡 えん罪事件により被害者とされた家族も加害者とされた家族もみな運命を狂わされた

以下で、具体的に見てみましょう。
関口和徳准教授の論文、評釈
・TKCローライブラリー新判例解説ウォッチ 130(小池決定の評釈)
抜粋「旧証拠が強固な場合には、新証拠が旧証拠の証明力を相当程度減殺したとしても、合理的疑いの発生が否定される場合があり得るのである」「本決定は、旧証拠を再評価し、それが強固なものであることを確認した上で、・・・(中略)そのような検討の結果、本決定は、O鑑定は旧証拠を十分に減殺するものではなく、合理的疑いを生じさせるには不十分な証拠と判断しているのである。このような判断方法自体は、先にみたような白鳥・財田川決定以来判例でとられてきたごくオーソドックスな方法と評価しうるものである。」「本件では旧証拠の証明力が強固である反面、新証拠であるO鑑定がそれを十分に減殺するものではなかった、ということの帰結にすぎないのである。」「なお、本決定が本件を差し戻さずに自ら再審請求を棄却したのは、本決定に関与した各裁判官がそれだけ強力な有罪心証を形成したということもあろうが、先にみたように、本件では、旧証拠が強固である一方、旧証拠と新証拠の関係からすると、新証拠の旧証拠を減殺する効果が限定的なため、差し戻して検討を尽くさせたとしても合理的疑いが発生する余地は乏しく、差し戻す実益がないと判断したためであろう。」「したがって、本決定は、白鳥・財田川決定で示された明白性の判断方法を踏まえて、旧証拠が強固なケースについて判断を示した1つの事例判断と評価すべき」
・「再審における証拠の明白性の判断方法・再論 全面的再評価説にたつことの意義」『刑事法学と刑事弁護の協働と展望』現代人文社2020年 54頁
抜粋「大崎第3次決定が明白性を認めた原決定・原々決定を取り消したのは、白鳥・財田川決定に反する明白性の判断方法をとったからではなく、本決定に関与した裁判官たちが、本件では旧証拠の証明力が強固である反面、新証拠であるO鑑定がそれを十分に減殺するものではなかった、という心証に到達したことの帰結にすぎないのである。」
川崎英明元関西学院大学教授の論述
「再審」川崎英明=後藤昭=白取祐司『刑事司法改革の現段階』日本評論社(2021)166頁
四郎さんが自転車で転落した長田溝(大崎町)

さて、
2022年は、名張事件(第10次異議審)、袴田事件(第2次差戻後即時抗告審)、大崎事件(第4次請求審)、日野町事件(第2次即時抗告審)で決定が出る見込みです。最初の3つの事件に共通するのは、いずれも一度は(大崎事件は3度)再審開始が認められていたということです。第7次開始決定のときは存命していた奥西さんはすでに亡く、静岡地裁の再審開始決定のときは78歳だった袴田巖さんは85歳になり、鹿児島地裁で最初に開始決定が出たときには74歳だった原口アヤ子さんは94歳になっています。検察官の不服申立てがなければ、この3人はもっと早くから、もっと長く平穏な余生を送ることができたことは間違いなく、胸がふさがる思いがします。
冤罪は担当捜査官の個人責任に帰着させるべき問題ではなく、再審制度そのものの機能不全が原因であることは明らかでしょう。
白鳥・財田川決定にしたがって現行法を正しく運用すれば、法改正はしなくても再審は機能する、と論ずる学者さん達には、一度でも、冤罪被害者たちが失った、気の遠くなるような年月を想像していただきたいと切に願います。
想像力を働かせていただきたい。捜査機関に隠された無罪方向の証拠が開示されなければ、検察官が抗告を繰り返すのを止められなければ、どれほど明白性判断が適切に行われても冤罪被害者を迅速に救うことはできないのです。
大崎事件を詳しく知りたい方はこちら↓
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